ドイツ兵俘虜収容所の記憶

約100年前の大正時代のことです。

第一次世界大戦で捕虜となった1300人のドイツ兵が、久留米に収容されていたことを知っていますか?

国内最大の収容所が久留米にあったのです。

敗者に情けをかける武士道精神からか、捕虜は人道的に待遇されました。

遠足やスポーツ大会、演奏会など、久留米市民とも様々な交流の機会があったようです。

年末恒例のベートベンの第九が、市民に向けて収容所の外で日本で初めて演奏されたのは、このとき久留米高等女学校(現在は明善高校)での、ドイツ兵たちの演奏でした。

収容所生活を終えても久留米に残ったドイツ兵もいて、技術者としてブリヂストンやムーンスターなどのゴム産業の発展に大きく貢献しています。

まだまだ知らないことが多いですね。

久留米の宝を見出し、みがいていきましょう。